芸術の山

芸術の山とは、制作者にとって真に有益な批評的ツールを具現化する媒体である。

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手と、目と、造形芸術

 日本最古の仏像を本尊に持ち、7年に一度しか開帳しないことでも知られる善光寺(長野県長野市)への参拝は、我々が普段あまり意識することのない触覚という感覚が前景化するような体験を与えてくれる。参拝者は本堂での焼香を済ませた後、この寺の名物でもある「戒壇めぐり」をする事となる。それは本堂の下にある真っ暗な地下回廊を歩き、本尊の丁度真下に位置する錠前を触ることが出来れば極楽浄土が約束される、というものだ。そこで参拝者は係員に言われたとおりに腰の位置の壁を右手で触りながら、触覚だけを頼りに恐る恐る歩くことになる。それはたかだか5分ほどの行程なのであるが、それが非常に長く感じるのは体験者に共通する感覚であろう。あるいは何度も曲がる通路の中で方向感覚を失い、再び外に出たときに出口が入口の真横であったことに驚く者も少なくないのではないか。そのような時間感覚と空間感覚が変容する暗闇の中で、唯一確かなものは彼/彼女の触覚だけである。人間の感覚の9割を担うといわれている視覚が奪い去られた空間の中で、自然と鋭敏となった触覚は、壁の地肌を触りつつ歩くためのよすがとする右手のみならず、ゆっくり歩を進めるその足の裏からも外部の情報をつぶさに参拝者に送り続けるのである。筆者などは冬の参拝であった為に、冷え切った通路内を歩いた足裏は途中から痛みを感じるようになり、外に出て靴を履いてしばらくした後もその痛覚が引くことはなかった。
 また、本堂の入り口付近には「おびんずるさん」と呼ばれるびんずる尊者(病を治す霊験で釈迦如来の弟子、十六羅漢のひとり)の木で作られた仏像があり、自分の痛む場所と同じ箇所をさするとそれが治癒するといういわれの為に、多くの参拝者がそれにあやかろうと群がっている。その像は長年に渡って数多くの参拝者の願いを受けて表面が磨き上げられ光沢を発し、顔面部にいたっては目と鼻が識別出来ないほどに削り取られ平らになっている。その外見は一瞬ぎょっとしてしまうものであるが、一体何人の手によってここまでの状態になったのかを想起するとき、(*1)その驚きは一層深まるのである。そしてそれは(無論本来的には触ってもらう事に意味があるのであるし、多くの人もほとんど眺めると同時に触るのであるが)実際に触ってみなくとも、仏像の表面を触ったときの感触とそれを少しずつ削っていった接触の蓄積を感じることが出来るものなのである。そしてその後直に触ってみることで目で見たものと手で触ったものを確認したり、あるいはその差異を感じたりすることも出来るのは言うまでもない。
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 今日美術作品を話題にする際にも「触覚性」という用語が使われる機会が多くなってきたように思われる。それはとかく「視覚性」ばかりが強調されてきたこの分野の中で、そこからこぼれ落ちるものをすくいあげるという意図によるものなのだろう。それ自体は(それがひどくありきたりな態度であることを除けば)理解できるものなのであるが、この用語に対する反省的な視点が欠如しているゆえに、その発言がほとんど効力を持っていない場合が多いように思われる。その上たまに本格的に触覚が論じられている場合には、必ずと言っていいほど「盲目」あるいは「盲人」といった非視覚的存在・様態が持ち出されているのも少々気になるところではある。これは盲人が先天的にしろ後天的にしろ(*2)視覚を全く持たないが為に、触覚やその他の視覚以外の感覚に頼らざるを得ない、つまりそれらの感覚が鋭敏な存在として想定されているのだが、その一方で触覚を非視覚としてしか扱っていないのも事実である。しかし視覚芸術における触覚の作用を考察するのならば、それは盲人が手で彫刻作品を鑑賞するといった直接的・非視覚的様態に言及するのではなくて、逆に視覚と触覚が相互的に作用しながら対象を捉えるような把握について考察すべきであろう。つまりヒルデブラントが指摘しているように(*3)目の中にも触覚的なものを感じ取る力はあるわけで、盲人の場合のような純粋に触覚によってのみの把握ではなく、既に我々は作品を目で見たときに「目の中の手」で作品に触れているのである。
 19世紀の理論家によってそのようなある種当然の事は指摘されているのにも関わらず、触覚をすぐさま盲目と結びつけたがる論者には、どこか「純粋触覚」への偏向を感じずにはいられない。確かに触覚の純粋性と言えば聞こえは良いが、それにどれほどの有効性がありまた可能性があるのかという問題にはやはり我々は慎重にならざるを得ない。なるほど、瞼を閉じれば視覚がなくなるのと同じようには、我々は触覚を塞ぐことは出来ないのだから、純粋触覚を求めた結果として盲目に行き着くのも妥当なことなのかもしれない。けれども盲目という特殊な例をもって触覚、あるいは触覚的体験を語ることが不可能なのは明白である。そもそも触覚性という事が言われるようになったのは、前述のように視覚性至上主義に対するアンチの意味が少なからずあったはずである。なのに純粋視覚性に対抗するために純粋触覚性を持ち上げる態度は、純粋を求めることの不毛さという点でその敵対するものに共通しているのである。触覚を意識することは、感覚の複合を意識することである。それは感覚の純粋性を求める立場とは対極にあるものなのだ。(*4)
 ただし、盲目という状態の中にある種の神聖さがあって、それが芸術のロマンティックな感性と結びつけられやすい事も忘れるべきではないだろう。ある感覚が制限された状態でこそ(そして残っている感覚が原始的・直接的なものであればなおのこと)、真なるものに近づきうるという神秘主義はおそらく人類に共通するものではあるまいか。善光寺の戒壇も、信仰の儀式に擬似的な盲目体験が利用されている好例なのである。
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 ところで善光寺での体験は二つの異なった触覚のありようを象徴している点で非常に興味深いものである。それは戒壇の暗闇での体験が、後天的な盲人を模したような触覚体験であり、おびんずるさんを眺めたときの体験はそれに対して健常者が目で見ながら触覚的なものを感じるという体験である。そしてその二つの様態は、丁度アロイス・リーグルによる触覚と視触覚の分類に該当するであろう。彼が工芸作品を論じる際に視覚と触覚の中間に、視触覚という感覚を定義づけた事は周知の事実である。(*5)リーグルの議論そのものは、視触覚性も含めた触覚的な要素が美術工芸作品から徐々に無くなっていくという主旨のものなのであるが、今日我々が美術作品を触って観賞する習慣がない以上、美術作品と触覚の関係を扱うときに中心的問題となるべきのはこの視覚でもなく触覚でもなく、その二つの混ざり合った視触覚なのであろう。そしてその目と、「目の中の手」を用いる鑑賞形態において違いがないのならば、絵画を視覚芸術とし彫刻を触覚芸術とする便宜的な区分も全く意味をなさないことになる。つまり、見る対象によって手と目を使い分けるわけではなく、全ての対象を同じように視触覚的に観賞するということである。その結果、しばしば触覚的な絵画、あるいは視覚的な彫刻というものが指摘されるわけである。
 例えば、絵具が盛り上がったり削り取られたりと物質性が殊更に強調された絵画の表面に、触覚性を見ることは比較的容易い事であろう。ところがジル・ドゥルーズのフランシス・ベーコン論の中では、絵画の色彩(それは視覚性の最たるものではなかったか)までもが触覚性に関連づけられてしまう。(*6)我々が暖かいとか寒いとかを感じる感覚は、皮膚感覚つまりは触覚によるものであるが、我々は色の中にもそれを感じる事が出来る。つまり我々が暖色とか寒色と呼ぶ、色相の事である。だとすれば我々は極端な話、カラー・フィールド・ペインティングすらも触覚的に観賞できるということではあるまいか。
 またメダルド・ロッソとオーギュスト・ロダンはしばしば比較され、前者の作品が視覚的彫刻とされ後者の作る彫刻が触覚的彫刻とされる。絵画がたった一つの視点を統御しているのに対し、彫刻はいくつもの視点から見られるが故に表現として弱いと断じたボードレール(*7)の影響下から彫刻を作ったロッソは、百の悪い視点を持つよりは、一つの絶対的な視点を持つようなレリーフ的な彫刻を作り、かつまた光の反射や陰影の階調を重視した彫刻を作った。その作品は空間内に存在する量塊としてよりは、視覚的な効果を生むための表皮でしかなかった。またロダンはよく知られているようにミケランジェロに感銘を受け、人間の肉体の「解剖学的な正しさ」に基づいた彫刻制作は、人間をそのまま型どりしたのではないかと疑われる程であった。空間の中に確固たる存在感を示す、まさに手応え、触りごたえのある彫刻である。
 ゆえにこの二人が視覚的/触覚的彫刻の代表者として対照的な存在のように語られるのは、ある意味至極正当な事なのであるが、けれどもそれらの評価やそれらを裏付けるような作家自身の言葉からも自由になった時に我々の無節操な「目の中の手」は新たなる対象に触れる事もありうるのではないだろうか。石膏を蝋で包んだロッソの彫刻は確かに表面の視覚的な効果において彫刻家の欲望を体現しえているが、また同時にその今にも融けて流れ出しそうな凹凸は我々の触覚的な欲望を刺激してやまないのも事実である。ロダンの、時に眩しいくらいに照り輝くブロンズ彫刻にしても、作家のおそらくは意図しなかったであろう視覚的な刺激に満ちている。しかしこのような観賞のあり方は、これまで因習的な視覚的/触覚的という分類の影に隠れてしまい、その可能性にも気付かれずにいたのではあるまいか。視覚的、触覚的と言ったときに何が明らかになって何が隠されているのかを意識しないのならば、作品の持つ多様な感覚的可能性に対して我々は「盲目」になってしまう。
 造形作品を論じるときに視覚的、触覚的という用語はしばしば意味、使用法ともに混乱しているように思われる。しかしそれは用語が混乱しているというよりも、そもそも視覚も触覚も区別できないほどに複雑に関連しあっているからなのかもしれない。であるならば、我々が今後も視覚的、触覚的という用語を使って作品を考えることにはどれ程の意味があるのだろうか。
 とはいえ、これからも用語の濫用は続くのであろう。
ならばせめて、感覚の純粋化ではなく複合を意識した上で、それらが論じられれば、とは思う。最後に、豊かな視覚触覚を持つ彫刻家の言葉を引いて、それに対する憧れと称賛の意を込めつつこの小論を締めくくろうと思う。
「空は碧いという。しかし私はいう事が出来る。空はキメが細かいと」。(*8)
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注:
1) 善光寺事務局によると「おびんずるさん」像は1713年に作られ寄進されたという。前回1997年のご開帳の時には515万人の参拝者があったというのだから、その数は推して知るべしだろう。
2) 触覚の問題を検討するとき、その盲目が先天的か後天的かという違いは決定的なものである。先天的な盲人が、手術などによってその視力を回復した時果たしてその視覚は空間的な把握を出来るのかどうか、といういわゆるモリヌー(モリニュクス)問題については以下を参照のこと。木下喬「視覚と触覚」『新岩波講座 哲学9 身体・感覚・精神』岩波書店、1986年。
3) アードルフ・フォン・ヒルデブラント(加藤哲弘訳)『造形芸術における形の問題』中央公論美術出版、1993年。
4) メルロ・ポンティは心理学者のゴルトシュタインの研究を下敷きに、純粋触覚が病理的現象以外にはあり得ないこと。さらにはそもそも健康な正常者には触覚的経験と視覚的経験があるのではなく、一つの総体的な感覚経験があるのだと論じている。M.メルロ=ポンティ(中島盛夫訳)『知覚の現象学』法政大学出版局、204ページ、1982年。
5) Riegl, Alois : 'Sp醇Btromische Kunstindustrie', Wien : Osterr. Staatsdruckrei, 1927.
6) 篠原資明『現代思想の冒険者たち25 ドゥルーズ:ノマドロジー』、1997年。
7) シャルル・ボードレール、阿部良雄訳『ボードレール批評Ⅰ』ちくま学芸文庫、198ページ、1999年。
8) 高村光太郎『美について』筑摩叢書、7ページ、1967年。
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本稿は、『subject』(多摩美術大学大学院美術研究科芸術学専攻、2002年)に掲載された文章を採録したものである。「芸術の山」ブログへの掲載にあたっては、多摩美術大学大学院の許可を得た。記して感謝する。
(石崎尚)
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